pink dessert







今日は、晴れ。
あったかい、気持ちの良い風が吹いてる。

繭良は、嬉しくなってえへへと笑いながら、鞄と一緒に持った白い箱をみおろす。

アクアの春の新作、さくらケーキ。
ベリーフルーツプディング。
ピンクグレープフルーツとさくらんぼのゼリー。
可愛らしいピンクのデザートだけを選んだ。

絶対美味しい、セレクトにちょっとるんるんで歩く。
ちょっとミステリー風の洋館が、ロキ君たちのおうち。
燕雀探偵社の名が書かれた表札を横目に門をくぐって、またかしゃんと閉める。
庭に入ると意外と綺麗な芝生が広がって、真正面に屋敷までの石畳がつづいている。
ふと目を横にやると芝生に黒いものがころがってる。
「?」
よくよくみてみると、それは闇野さんのいうところの「にいさん」。
「あれーフェンリル君だぁ。やほー」
黒い物体はきゃんきゃんいいながら、繭良の足にじゃれ付いてくる。
「あはは!フェンリル君元気だねえ。今日はね、美味しいデザート持ってきたんだよぉ!」
「わん!」嬉しそうに鳴く。
「一緒にロキ君達のところにいって、お茶しよう!」
そういって、繭良が歩き出そうとすると、なぜかフェンリルはついてこようとしなかった。
いつもは自分から住人のところにいくのに。
くーんと鳴いて、うずくまる。
「?あれ?フェンリル君こないの?」
「くー」
「調子でもわるいのかな?いっちゃうよー」
後をきにしつつ、歩き出しては見たものの、フェンリルはやっぱりついてこようとはしなかった。
ちょっと首を傾げながらも、繭良は玄関のノブをまわした。

…………が。

「あれ?」

鍵がしまっている。がちゃがちゃと廻しても、ひっかかってまわらない。
「なーんだ、御留守?ザンネン」
繭良はがっくりかたをおとす。
いつもはこの時間だれかいるはずなのに。
手もとの真白い箱を見下ろして、また、ため息をつく。

寂しいなぁ。

「せっかく、みんなを喜ばせようと買ってきたのにな。」
しばらく立ち尽くした後、繭良はぱっと顔をあげた。

帰ってくるまで待とう!

また芝生を転がっているフェンリルの近くに座った。
大きな木の根元。鞄と、デザートの箱をそっと置いて、木陰に腰を下ろす。

「はーーーーー」

見上げると光の乱舞。
遠い雲。青い空。
暖かい日差しに、春先の少し強い風。
咲き掛けのたんぽぽたち。
なんだかう気持ちがいい。
うとうとしてたのか、ふと目を開けると、すぐ近くからフェンリルがこちらを見つめていた。

「あのね」
話し掛けても、フェンリルは微動だにしない。
話を促している様で、素直に疑問がでた。

「最近ロキ君達、元気ないよね」

黒い生き物はかすかに鼻を鳴らした。それを返事と受けとって、木の幹にもたれながら繭良は
言葉をつづけた。
「スピカちゃんがいなくなったからだよね」

ざあっと木立が気紛れな風に揺れる。

「ロキ君は、遠くにいっちゃったんだって言ってた。大変と思って、探しに行こうっていったら、
闇野さんが急にお引越ししたんですって。」
下がってくるまぶたをこすりながら、いう。
「スピカちゃんのおとうさんとおかあさんがみつかったんなら、それでいいと思うんだ。やっぱり
家族は一緒がいいもんね」

子犬は顔を背けた。なんだか、悲しそうだった。

「でもね。それだったら、ロキ君達が元気無いのはおかしいと思うの。だって、いいことじゃない。
ロキ君達なら、喜んであげるよね。」
あわい栗色の頭が揺れて、斜めに傾いだ。
「スピカちゃん、いなくなってあたしも寂しい。皆も、寂しそうだよ。そんなの、やだ。」
まぶたが落ちきる寸前にみえたのは、濃い影とその外にいる影より濃い闇色の子犬。
まっすぐ見つめる瞳。
「戻ってこないかなぁ……スピカちゃん……沢山、かってきた、のに・・…な……」
影のなか、細かいひかりの木の葉が繭良の体をなでる。
光の中にいたフェンリルは、ずっと少女を見つめていた。


ずっと。







「……………ら…・・・…ゆら……」

遠くから、ロキ君の声がきこえる。

まっしろのせかいで、まゆらは目をこらすけど、ロキの小さな体はみつからなかった。
「ロキ君!どこぉー?」
口元に両手をそえて叫んでみても、返事は聞こえず、ただ自分を呼ぶ声だけがあたりに広がる。
「聞こえないのかなあ・・………」
きょときょとと見渡しても、果てしない白の空間。
「ロキくぅーーーん!!」
まゆらのソプラノの声も、空気に溶けて、ロキには届かない。
不安と寂しさで、目頭があつくなってくる。
「うそぉ……なんで聞こえないのー・・…?」
呼ぶ声はかわらずまゆらを呼んでいたけれど、それがだんだん違う風にきこえてきた。

「え?」




スピカ



「え?スピカちゃん?」
ああ、そうか。

ロキ君は、あたしじゃなくてスピカちゃんを探しているんだ。
なんだか、まゆらはすごくがっかりした。

わたしじゃないんだ。





スピカ!





いつもは落ち着き払っているはずの、ロキの年相応に聞こえる声。
その必死で不安で悲しい声に、まゆらも悲しくなった。
まるで、ロキの心がはいってきたみたいに。
まゆらはぺたんと座り込んでしまった。
膝の間に付いた手に、ぽたぽたとしずくが落ちた。
小さく、嗚咽に肩を震わせていた。


まえに、ロキたちが姿を消した時みたい。
そうおもって、はっとした。

だいじなひとがいなくなった。




「          ママ!」





まゆらは、頭を激しく振って、不安な気持ちを振り飛ばした。
両手でぐいと涙を拭いた。

さがさなくちゃ。

手遅れになる前に。
顔をあげると、なにかが目の前でひるがえった。
頭の大きな白いリボン。




「―――――――――スピカちゃん!?」
にこりと、笑った気がした。
「スピカちゃん!帰ろうよ!みんな、まってるの」
立ちあがって、手をのばす。




「      」



「え?」




「     」




彼女は、にこりと笑った。
どこか寂しそうだったけど、とても可愛い笑顔だった。




「     」






「――――――――――――まゆら!」



はっと目をあけると、目の前に黒いコート姿の少年が覗きこんでいた。
少しあきれたような、心配そうな顔。

「ロキ、くん」
ぼんやりしながら目を泳がすと、ロキの後には闇野さんと、寄り添う様にフェンリルが立っていた。
「なんでこんなところで寝てるのさ。風邪引くよ。」
「ロキ君達を、待とうと思って・……」
その言葉にちょっと眉をひそめて、
「?どうしていつものように屋敷に入らなかったの?」
「え?だって、鍵が掛かって……」
「闇野君、鍵かけたの?」
振りかえって聞くと、背の高い青年は「いいえ」と答えた。
「えー?そんなはずは……」
「立て付けが悪くなってたのかな。ほら、まゆら。家に入ろう」
不思議ミステリーーーと御決まりのセリフが出る前に、ロキは先回りしていった。

差し出される手。

それを無言でみつめる繭良を、ロキは不思議そうにみて、「どうしたの?」と声を掛けた。
「ううん。」
顔をあげて、にっこり笑うと、しっかりと手を握って起き上がった。

「なんでもないっ!」

「そう?」いつもより変な繭良。
「あのね!今日はね!アクアの新作のケーキ買ってきたんだよ!」
開いている手で鞄と大切な白い箱を拾って、歩き出す。
眩しい笑顔でふりかえりながら、ロキの手を引きつつ繭良はいつもどうり明るく話しつづける。
いつもどうり苦笑しながらそれを聞いているロキ。
穏やかに笑いながらついていく闇野とフェンリル。

あるはずの姿を探して、ちょっと悲しくなったけど。

大丈夫。きっとまた、あえるよね。
さよならじゃ、なかったんだから。
多めに買ったデザートはもったいないけど、また会えた時、一緒にたべようね。
そう心で問いかけて春の空を見上げた。

明るくて、きらきらした綺麗な青空だった。





彼女が言った三つの言葉。



「ごめんなさい」

「ありがとう」





「よろしくね」









****************
彼女がいなくなって、逆に寂しくなりました。
家族だもんね。
追悼のために書きました。チョット長いです。





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