濡れた地面を蹴る足 |
まっすぐ落ちてくるたくさんの水滴はブロー30分の髪を一瞬にして台無しにして |
茜色のはずの服は中と半端な渋柿色に染まって |
雨を受けても熱い体の中でひとつだけ |
こころだけが凍った様に冷たかった |
彼が言った事は正論だった。 |
その言葉はあまりにも鋭く胸に突き刺さって、まるでそれは実感を |
伴ったかのような激痛を押しつけてくれた。 |
他の誰が言ってもこんなに深く殺せない。 |
いつもどうり割ってはいる教師兼保護者のフォローの言葉も、たんぽぽ頭の少年の怒りと慰めも、 |
まるでガラスの向こうの言葉の様に届かない。 |
耳の奥がとても痛くて痛くて。 |
気が付いたらその場から逃げ出していた。 |
はしって、 |
はしって、 |
はしってから、ふいに我に返った。 |
(なにしてるの、わたし) |
どのくらいの距離をどのくらいの時間で走ったのか記憶に無かった。 |
足を止め、まわりを見渡してみると、一応里の中の見知った場所。 |
ホッと息をついた。帰れないようなところには来ていないらしい。 |
心の誰かが呟いた。帰れない場所にいけばよかったのに。 |
背筋に寒気が走る。さすがにコレ以上濡れるのは気が引けて、 |
サクラはシャッターの降りた店先を借りることにした。 |
水を吸ったように重い気持ちを引きずってやっと軒先に来ると、サクラの足は崩れる様に折れた。 |
濡れたつるつるの膝におでこをくっつける。 |
軒先の乾いた地面に、いっきにたくさんの雫が落ちて不思議な模様を作った。 |
でてくるのは熱くて重たいため息だけ。 |
もう顔が熱くて滴り落ちるのが雨なのか涙なのかもわからない。 |
もうだめかもなぁ。 |
そんな言葉が脳裏をよぎる。 |
弱音ばっかり浮いて出て。いつもは憎たらしいほど強気な言葉しか口先をつかないのに。 |
投げつけられた言葉が頭を廻る。 |
目があつくて開けていられない。 |
たくさんの言葉は届かなくて |
たったひとつの言葉がこんなにも胸に刺さる。 |
どれだけ経っただろう。 |
ずっと雨の音を聞いていた気もするし、少ししか経っていない気もする。 |
ぼやけた視界の中に先ほどは無かったものが写った。 |
思考能力が落ちた頭はそれがなにかしばらく判別できない。 |
ただぼんやりみていた。 |
ゆるゆると辿りついた結論は足。 |
次はそれが誰のものなのか考える。見慣れた足な気がした。 |
雨の音が さらに激しくなった。 |
このひとは寒くないのかな。軒先に入ればいいのに。 |
彼も |
頭がそれを考えるのを拒否した。 |
まだ左胸には、凶器が刺さったままだから。 |
だからサクラはただぼんやりと湿った忍靴を見ていた。 |
脛から下に巻いたバンデージが、ところどころ泥で汚れている。 |
染みになっちゃう。 |
けれど忠告する喉は動かない。 |
その染みの位置と数を覚えてしまった。それが新たな雨ににじんで行くのをサクラはただ見ていた。 |
雨が激しくなって、ちょっと弱くなって、風が吹いて、雨がまた吹きつけて、そして弱くなった。 |
その足は、ただの1ミリも動かなかった。 |
やがて、ふと目の前が明るくなった。 |
雨が弱まってきたのだろう、視界が晴れつつある。 |
見上げたら晴れた空が覗いているのかもしれないけれど、見上げる事は出来なかった。 |
そうしたら、この時間が壊れてしまう気がして。 |
ほんの数歩の距離の間を、名残のような雨が洗って行った |
近いのにとても遠く感じた。 |
これはこころの距離? |
きっとこのひとは、わたしが立って歩き出すまで |
その場所を1ミリたりとも動かないだろう。 |
濡れつづけたせいで風邪を引いたって、なんでもないように振舞うだろう。 |
ことばなんていらなかった |
ごめんのかわり |
冷えて縮こまった筋肉と関節を励まして、両足でゆっくりと立った。 |
まだ胸には凶器が刺さっている。視線を上げることはできない。 |
3歩、それだけの距離。彼まではあと3歩。 |
そこで胸の傷が疼いて 動けない。 |
「サクラ」 |
ごめんのかわり? |
わたしの手を取って ゆっくりと歩き出した。 |
冷たい手があたたかかった。 |
夕日が目に染みたの。 |
もう雨は止んでいた。 |
雨とは違う 温かい雫がほろりと落ちた。 |